戦略転換の位置づけ
2017 年、サウジアラビアは Future Investment Initiative(FII)の場で NEOM 構想を発表した。ウォール街の主要な金融機関経営者が集う中、5,000 億米ドル規模の未来都市構想として提示されたと報じられている。
それから約 8 年後の 2025 年 10 月に開催された FII では、中心テーマが NEOM から AI・データセンター・スマート製造に変化したと Bloomberg / Energy Connects が報じている。JPMorgan、Goldman Sachs、BlackRock、Brookfield などの経営者が再びリヤドに集結し、AI・テック投資が議論の中心となったとされる。
本記事は、この戦略転換の背景と、日本の投資家にとっての実務論点を、公表資料の範囲で整理するものである。
NEOM の進捗と予算文書からの記載変化
調査会社 MEED による報道では、2024 年 1〜9 月に NEOM に新規発注された建設契約額は限定的であったとされ、ギガプロジェクト全体(NEOM、Qiddiya、Red Sea Global、ROSHN、Diriyah 等)でも同期間で相応の減少が見られたと伝えられている。2019 年以降のギガプロジェクト累計契約額の推移、および支出ピークの位置づけについては、MEED Middle East や PIF の公表資料の確認を要する。
象徴的な変化として、サウジアラビアの 2026 年度予算事前説明書から NEOM の記載が消えたとの報道がある。The Line は縮小規模で検討されているとされ、Trojena の 2029 年アジア冬季大会会場権はカザフスタンに移管された。リヤドの Mukaab は凍結されたと報じられている。
財務大臣 Mohammed Al-Jadaan 氏は、公の場で「現在意味をなさない戦略やプロジェクトがあれば、王国はそれを変更または停止することに何の躊躇もない」と発言したと報じられており、実利的な投資判断への転換を認めたものとして受け止められている。
AI・テックへの重点シフトの背景
PIF が AI・テクノロジーに軸足を移す背景として、複数の要因が指摘されている。
投資リターンの時間軸
大規模建設プロジェクトは投資回収に長期間を要する一方、AI・データセンター事業は建設期間が相対的に短く、商業的収益の実現が比較的早いとの見方がある。Humain の CEO は、既存エネルギーグリッドの活用により、データセンター建設を他国比で 18 カ月短縮できると述べたと報じられている。
地理的・エネルギー的優位性
サウジアラビアは電力供給、土地コスト、地理的中心性、沿岸部での冷却水アクセスなど、データセンターの大規模運営に適した条件を備えるとされる。
国際的な競争環境
米中間の AI 覇権競争の中、サウジアラビアは「世界第 3 位の AI プロバイダー」を目指すと発表されたと報じられている。中立的な立場でグローバルな AI インフラを提供するポジションが、地政学的にも独自の位置づけを持ちうるとの見方がある。
ウォール街との資本協業
Bloomberg / Energy Connects の報道では、NEOM への支出が PIF の国際的なプライベート・エクイティやヘッジファンドへの資金配分能力を制約し、国内銀行の流動性を圧迫していたと指摘されている。AI・テックへの投資は、グローバル資産運用会社との共同投資機会を拡大する効果があるとされる。
PIF・Humain の主な公表案件
以下は Blackstone、Reuters 等の公表資料に基づく主要案件の整理である。金額・時期は各報道に基づく。
| 案件 | パートナー | 規模 | 時期 |
|---|---|---|---|
| データセンター共同開発 | Blackstone / AirTrunk | 約 30 億米ドル規模 | 2025 年 10 月 |
| 500 MW データセンター建設 | xAI | 非公表 | 2025 年 11 月発表 |
| xAI シリーズ E 出資 | xAI | 30 億米ドル | 2026 年 2 月 |
| AI・デジタルインフラ拡張 | 国家インフラファンド | 最大 12 億米ドル | 2026 年 1 月 |
| 米国データセンター展開 | Global AI | 非公表 | 2025 年 12 月 |
| スポーツ AI 買収(ai.io) | ── | 非公表 | 2026 年 2 月 |
数値は各出典に基づく報道内容である。個別金額の一次資料確認は継続中である。
Humain は、2025 年 5 月に PIF が全額出資した AI 専業企業として設立されたと報じられている。Alat(スマート製造)、Riyadh Air(航空)などと合わせ、PIF の新戦略の中核を構成する存在として位置づけられている。
財政制約と現実的課題
Bloomberg Economics の推計による財政均衡原油価格は、年次・シナリオごとに公表されている。ブレント原油は 2024 年に下落し、2026 年初頭でも同水準を下回る局面があると報じられている。具体値は Bloomberg Economics および EIA/IEA のパブリック・データを参照されたい。
この乖離が財政赤字を深刻化させているとされ、サウジ財務省の年次予算書では一定規模の財政赤字が公表されている。年次の赤字額・対 GDP 比はサウジ財務省の予算公表を参照されたい。
Goldman Sachs のエコノミストは「制約は静的ではない。制約がより小さくなり、投資が再加速する時が来る」と述べたと報じられている。現在の縮小は一時的な調整であるとの見方が示されている。
日本の投資家にとっての実務論点
株式市場への影響
PIF の投資テーマの変化は、Tadawul 上場の関連銘柄(テック、素材、エネルギー、金融)に間接的な影響を与えうる。個別銘柄の推奨は行わない。
不動産市場への影響
NEOM 等のメガプロジェクトの支出縮小は、関連する不動産セクターの需要見通しにも影響する可能性がある。既に発注済みのプロジェクトと、今後の発注縮小可能性を分けて整理する必要がある。
制度・税務の観点
Vision 2030 の重点シフトは、投資関連の規制・税制の運用にも影響しうる。制度・税務カテゴリの記事と併せて参照されたい。
サウジ側と日本側の課税
日本の居住者・内国法人は全世界所得課税の対象となるため、サウジで発生する所得についても日本国内で申告・課税の対象になる。 個別の課税判定は、税務専門家の助言を経て行われたい。
まとめ
サウジアラビアの投資戦略の重心が、大規模建設プロジェクトから AI・データセンター等のテック分野に移行していると各種報道が伝えている。この転換は、投資回収の時間軸、地理的優位性、国際的な競争環境、ウォール街との資本協業の観点で説明されている。ただし、財政赤字、原油価格の低迷、規制環境の変化など、下方リスクも指摘されている。日本の投資家が関連セクターに関与する際は、公表資料の最新版と有資格専門家の確認を前提とされたい。